2016年3月5日土曜日

甘える訓練

親に対しても甘えるのが下手で、
甘え方を知らなかった。
長女だし。

今甘える訓練をしている。


妊娠中「かばんを持って」が夫に言えるようになった。
職業柄いつもかばんが重かったから。
それまで人に頼んだことなんてなかった。

授乳中「あれ取って」が夫に言えるようになった。
20-30分動けないから。

「息子おねがいします」をお義母さんに言えるようになった。
夕方(「相棒」の再放送)は、公式な息子とお義母さんの時間。
わたしはお弁当や夕飯の準備したり、
洗濯たたんだり、一緒にこたつでお茶を飲む。
少しずつ日中も任せられるようになってきた。

はじめは抵抗があった。
でも、息子のおかげで、できるようになっていく。
感謝。

当面の目標は、車での送り迎えを遠慮なく頼むこと。
わたしはペーパードライバーで運転ができないし、
ひどい方向音痴だし、
自分の時間を遮られるのも好きじゃない。

だから「運転を頼まれたらだれでも苦痛」と思っていた。
でも「他の人はそうとも限らないんだよ」と夫に言われた。
たしかに。

頼まれてうれしいこともある。
自分が苦手なことをあえてお願いする訓練。
甘えるのは、ときに自分でするのよりもエネルギーがいる。
でも、「ありがとう」「どういたしまして」のコミュニケーション、
これ、生活の潤滑油だなって思う。

少しずつ自分がやわらかくなっていくよ。

2016年3月4日金曜日

地産地消っていいね

きょうも朝市に行ってきた。
てくてく、てくてく。

「あらぁ、赤ちゃん!」とおばあちゃんたちに声をかけられる。
「ぬいぐるみかと思った」とも。

地元で採れた立派な椎茸が目をひいた。
焼いて食べよう。

白菜は重たいから我慢して、菜っ葉とほうれん草を購入。
あのおばあちゃんが作ったんだ。
葉っぱがぴんぴんで、まだ生きている。

きのうお義母さんがもらってきた大根も、瑞々しかった。

食べ物のエネルギーはちゃんと伝わる。
食いしん坊、うれしい。

そうそう、庭の梅のつぼみもほころんできた。
春!

2016年3月3日木曜日

授乳中の視線の先

ある記事での問いかけ。
〜授乳中に赤ちゃんはママを何十回も見ているけれど、
 ママはスマホに夢中になっていませんか〜

わたしはガラケーだし、電源すら入っていないことが多い。
こちらは息子を見ているつもりだけれど、
はて息子はわたしを見ているのか。

授乳中、息子の視線を追いかけてみた。

ある授乳では、数回目があった。
 夫が帰ってきた気配がしたとき(シャッターを下ろす音に反応)
 わたしがわざとらしく覗き込んだとき(「ん?」と言われた)
 飲み終わるとき(得意げな顔で)

また別の授乳でも、数回目があった。
 飲み始めるとき
 途中(ちゃんと見ているかな、と確認するように)

でも、ほとんどの授乳でわたしと視線が合わない。
特に、お腹が空いているとき。
目を閉じてひたすら吸い付くか、胸を直視。
確かに、わたしも食事中作った人の顔を見ないで
食卓の上のご飯を見るけれど。

そんなものなのか。
数えなければよかったとちょっと思ったり。

ただ、たまにわたしの目を見るときは
じーっと覗き見るようにしている。
目があうとうれしそう(に見える)。
たまらない。
だから見てしまう。

君がママを見るよりも、ママは君を見ているよ。

2016年3月2日水曜日

嫉妬

数日前から息子にお気に入りができた。
アンパンマン。

見つめてキャッキャと話しかけていたかと思えば、パンチ連打。
ほっぺたにチュッチュして、腕をつかんで寝る。
ちょっとママは嫉妬する。

丸い顔とボディ、色、温和な顔に惹きつけられてしまう。
アニメを見せているわけでもない。
あんぱんを食べたこともないのに。
アンパンマンってすごいと思う。

「何が君のしあわせ?」
わたしも息子に聞いてみよ。

2016年3月1日火曜日

叶いはじめる

新潟に来てからできたお友だち、うちに集まった。
ママ3人、0歳児の赤ちゃん3人での時間。

畳の部屋に布団を敷いて、クッションがあって、
それぞれのペースでオムツを替えたり、おっぱいあげる。
日々のちょっとしたことを音に変えて放つ。

ただそれだけ。

でも、いい時間だったな。
赤ちゃんたちもゆったりしていて、彼らなりの交流をしていた。
来てくれたお友だちから感謝のメールが届いた。

月1回くらいのペースでこんな場を持てたらいいな。
外でピクニックでもいいな。
いつもの空間や時の流れがちがって感じられる。

新潟でやってみたいこと、叶い始めた。
一歩目が無理なくすんなりできた。

2/29の帳尻合わせの日、わたしも整った。


ルールは自分でつくる

毎日ブログを更新しようと思ったけれど、やめた。

おそらく一番更新を楽しみにしている夫、仕事が休み。
それならパソコンに向かわないで、夫や息子の顔を見たほうがいい。

だから、こうした。
「ブログは毎日更新しなくていい」

きっと他にも自分で勝手につくったルールがいっぱいある。

メールはすぐに返信する、とか
毎日掃除機かける、とか
押入れの中は整理されていなければいけない、とか。

どんどん変えていい。
破るんじゃなくて、改定していく。
自分の気持ちに耳を傾けて。
変えたらきっと気持ちがよくなる。

「ルールは柔軟なものだ」と夫が言う。
そうなんだ。




2016年2月27日土曜日

出会った方言(日本語教師の血が騒ぐ!)

方言には規則性がある。
我が家での使用例から見えてきたこと。

■命令形
一段活用(Ⅱグループ)の動詞の命令形は「ろ」ではなく「れ」。

のびる→のびれ (運動している息子に)「あし、のびれ
みる→みれ (そっぽを見ている息子に)「こっちもみれ

■否定形
ナ形容詞的なのに、イ形容詞的な否定形になる。

なんぎ;つかれる (関西方面でも使われるらしい)
息子を抱っこしているわたしに「なんぎくねえか?」(cf. なんぎじゃない)

若者が使う「きれいくね?」(cf. きれいじゃない?)みたい。

■自動詞と他動詞
方言にも自動詞他動詞のペアがある。
(自)ぼっこれる ;壊れる 
(他)ぼっかす  ;壊す 

さらに…

「ぼっこれる」は「ぶっこわれる」の音韻変化(ぶ→ぼ)と音韻脱落()?
「ぼっかす」は「ぶっこわす」の音韻変化(ぶ→ぼ)と音韻融合(こわ→か)?

■あげもらい
この地域は「くれる」の使い方がちょっとちがう。
自分や自分に近いものに限り「くれる」を使うと教室では教えるけれど

犬の話題で「犬にくれるドックフード食べたら…」(cf. 犬にやる/あげる)
(ここでは一般的な犬の話)
よその犬もウチになる?もしくは、ウチとソトの枠がない?

義母に抱かれて大泣きしている息子がわたしを見るなり泣き止むので、
息子に「もう抱いてくれねえよ」(cf.抱いてやる/抱いてあげる)
自分よりも孫がよりウチになる?もしくは、ウチとソトの枠がない?

水やりを頼むときに「花に水くれて」(cf. 水やって/あげて)
花にも「くれる」を使う。
お願いするときにも「くれる」を使う。

「くれる」に関しては、新潟の日本語学習者混乱するだろうな。

きょうはこのくらいで。
近所のパン屋さんで食パンの耳買った。
50円!
息子と川までお散歩いって、カモに「くれて」きます。