ラベル 考えたこと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 考えたこと の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年6月21日火曜日

町民運動会

またまた教材用に描いた運動会のイラスト。


絵を見せたら、母に「(私たちの)町民運動会のまんまだね」と言われたっけ。
そのコメントがうれしかった。

先週、故郷にいる伯母に息子の写真を送った。
新潟の笹団子も一緒に。

もう1年半も里帰りをしていない。
町はどうなっているのかな。ずいぶん変わってしまっただろうな。
記憶の中の故郷は鮮明なまま。

家族でこたつなお正月

ファイルの整理をしていたら、絵が出てきた。

もう7、8年くらい前かな。
日本語教材でお正月の絵が必要になって、描いた。
「上座におじいさんが座っていない」というダメ出しが入ったっけ。

結婚する前のわたし、こういうのに憧れていたみたい。
家族みんなでこたつを囲む。
猫もいる。
田舎の日本家屋。
お茶を入れるお母さんはしあわせそうだ。
絵の中のお父さんが夫に似ていて、それも思慮深い。

もう今年も半分終わりそう。
わたしはどんなお正月を迎えるんだろう。

2016年5月14日土曜日

嫉妬のきもち

息子をお義母さんに預けて美容院に行った。
美容師さんに聞かれた。
「お義母さんにみてもらって、息子取られちゃう気がしませんか」だと。
わたし、それはない。

お義母さんに時々夫のお弁当を詰めてもらう。
このあいだ「ありがとう」を伝えたら
「姑が息子の弁当作るのを嫌がる嫁さんも多いだろうけど」と返ってきた。
わたし、それはない。

息子にも夫にも自分が愛されているのを知っている。
だからかな。
嫉妬していない。
そう、お義母さんにも愛されているし。

よかったね、と夫に言った。
よかったよ、と夫が言った。

2016年5月13日金曜日

この気持ちは恋だ

今月下旬からお仕事を再開することに。
とりあえずは週に1回だけれど、
5時間も息子と離れ離れになるのは一大事。

息子はあしたで生後8ヶ月。
離乳食は1日2回。
授乳は未だに2、3時間おき。夜も。

今日はお義母さんとの予行演習。

お義母さんには、わたしが搾乳しておいた母乳を息子に飲ませて
ごはんを食べさせる使命がある。
母乳をコップで飲ませたり、おんぶしたりと
少しずつ練習はしてもらっていたけれど、
ここまでまとまった時間は初めて。

わたし、美容院に行くも、シャンプー台では息子の顔が浮かんでくる。
いつもの美容師さんにそのことを話しながら、うるうるしてくる。
息子に会いたい、息子に会いたい。
ただそれだけ。

美容院を出てからお昼ごはんを外で食べたけれど
一人で食べてもおいしくない。
おっぱいが張って仕方がなくなる。

静かに帰宅して、息子に気づかれないようにお義母さんと目配せ。
裏口から家に入って、息を殺している。

寝てしまった息子。
お義母さんにいなかったときの息子の様子を聞く。
変化に気付きながらも、平穏に過ごしていたらしい。
コップで上手におっぱい飲んだって。
さつまいもは2口だけだったって。

聞いていて涙が出そうになる。
わたしの方が息子離れできないな。

起こしてしまおうかと思ったら、起きてくれた。
必死におっぱいを飲み、勢いよすぎたせいかほとんど吐き出す。
ふたりで着替える。
おんぶしてぴったりしている。
愛おしい。

10代のころの甘酸っぱい気持ちを思い出したよ。
「ママだいすき」とか言われた日には、
ほんとにどうしようか。


2016年4月22日金曜日

息子の第六感

ここ数日ブログをお休みしてわかったこと。
パソコンを開いてブログを更新するのは
エネルギーが結構いる。

でも、寝る前に書く日記は、
どんなに疲れていても不安定でも続けられる。

元気なときほどブログは長くなり、
元気じゃないときほど日記が長くなる。

息子はわたしの気が散っているとすぐに察する。
ブログのことや家事のことを考えながらふと息子に視線を配ると、
こちらをじーっと見ている。
一人遊びしているようでも、第六感ははたらいているのね。

昨日、ママ達の集まる会に参加してきた。
職場復帰したママの話を聞いて、想像した。
今の自分は息子とは離れられないなと思った。

毎日散歩をたっぷりして、
ほしがるだけ授乳して、
おむつかえて1日が過ぎていく。
もう7ヶ月も経ってしまった。
ぜいたくな時間を過ごさせてもらっているんだ。

2016年4月21日木曜日

今を大切にしよう

しばらく投稿できなかった。
パソコンに向かえなかった。

息子が甘えん坊、怒りん坊で離れられなかったから。
夜の授乳と早起きで寝不足だったから。
時間を見つけて投稿するのは、なかなか気力がいる。

熊本の地震のことでざわざわしていた。

自分がしてもらってうれしかったのは、
一緒にごはんを食べてくれたこと、会ってくれたこと。

今の自分には何ができるのかなと考えたけれど、
周りにいる人たちを大切にすること、自分の命を全うすること
そのくらいしか浮かばない。
あとは、募金箱を見たら想いを寄せて小銭を入れること。

夫とは避難場所を決めた。
何があっても生きよう、わたしは息子を守ると約束した。

息子をお義母さんにお願いして庭の草取りをした。
ただ手を動かす時間も貴重。
運転の練習もがんばっている。

日々を大切にしたいと思う。

息子はきっとわたしのことをよくわかっているんだろうな。


2016年4月15日金曜日

寄り添う

昨夜の夕食の時間、泣いた。
「トモコさんもわたしのこどもなんだから」
お義母さんに2回も言われたから。
ありがたくて、うれしくて、涙がたくさん出てきた。
涙が止まってから、ごはんをおかわりした。
夫とお義母さんに笑われた。
泣くのはエネルギーが要る。

自動車学校のペーパードライバー講習、2回目行ってきた。
前回よりもスムーズにコースを回れるようになった。
ウィンカーも出せた。
車と仲良くなってきたようで、怖さが抜けてきた。

今朝のニュースで、熊本の地震のことを知った。
そわそわした。
早く揺れがおさまるといい。
みんなの不安がなくなってほしい。

気持ちや身体、人工物、自然、
しなやかに寄り添い合えたらと思う。

2016年4月14日木曜日

はなすこと

伝えたくて、でも伝えられなかったことをお義母さんに伝えた。
タイミングを見計らって、
昨夜夫から。
今朝わたしから。

お義母さんの口から矢継ぎ早に出てくることば、
本音ではないのだろうな。
平気なようだけれど、そうじゃないよな。
声の響きや仕草でわかる。

どうなっていくかわからないけれど、
まずは声に出してよかった。

「思っていることを話していい」というのは大きな安心につながる。
信頼がないとできない。
この関係性を大切にしたい。
特に、身近な人との関わりの中では。

思いをどんどん自分からはなす(離す、話す、放す)訓練中。
わたし以上に殻の固い周りの人たちも。


2016年4月12日火曜日

「ちょっと待って」の使い方

今朝の台所での一幕。

わたしはお皿を洗う。
お義母さんは洗濯物を干す。
息子はお義母さんの横のベビーラックに座っている。
息子、お義母さんに抱っこをせがむ。

義母「洗濯物あと5つだからね。」
息子 泣く
義母「お母さんもがんばっているからね。」
息子 泣く
義母「ほら、終わった。よーく我慢したね!」
お義母さん、笑顔で息子を抱っこする。
息子満足そう。

わたし、なんだか腑に落ちない感情が湧く。

どうやら「我慢したね」って言葉に反応したみたい。
大人の都合で、待たせている。
我慢させる状況を好まないのは前提。
その上で、我慢の程度を評価するのはおかしいよな。

「よく我慢した」ではなくて
「待ってくれてありがとう」
「わたしも抱っこしたかったよ」がよかったんだよな。

もっとも、息子が泣いた時点で
わたしが手を止めて抱っこすればよかった。

自分のことを振り返ると
わたしは「ちょっと待って」と1日に何回か言っている。
「ちょっと」のはずが熱中してしまったりする。
その度に、いかんいかんと反省する。

息子にとって「ちょっと待って」が
「しばらく構ってもらえない」「ママには余裕がない」になったら怖い。

「あと3分で終わるよ」みたいに具体的に伝えるようにしたい。
声に出して、自分にもその約束を言い聞かせて。

お義母さんは、そのへんが上手。
今朝の「洗濯物5つ」のように。
(そのあとに「靴下3つ」が追加で出てきたりするけれど)

責任を持ってことばを口にしたい。

とにもかくにも、息子よ。
いつも待ってくれてありがとう。
大人に合わせてくれてありがとう。

きのう雪が降ったけれど、河原の桜はまだ残っていた。
息子、ベンチで寝た。
気持ちよかったね。

2016年4月11日月曜日

選択すること

息子はかわいい。
夫は夜7時半には帰宅する。
飲み会に行くことも滅多にない。
浪費グセもない。
お義母さんとうまくやれている。
お義母さんのごはんはおいしい。

「わたしは恵まれているね」と夫に話したら、否定された。
恵まれている恵まれていないじゃなくて「選択の積み重ね」らしい。

価値観が似ている人を選んで結婚した。
気になることがあれば、教育することもできる。
離婚もできる。
今の自分の生活は、自分が選んできた結果。

そういう考え方、なるほどと思った。
たまに夫は名言を吐く。

「自分は恵まれているんだから」と引け目に感じることもない。
しあわせを素直に受け止めればいい。

だから、逆も然り。
思うようにいかないことは、自分が望むように変えていけばいい。
現状維持が最善ではない。
そうなんだよな。

ひとつ悩んでいることがある。
自分はどうしたいのかな。
天秤にかけたり、妄想したり。
いいタイミングでいい選択ができるといいな。

2016年4月6日水曜日

幼き自分

30年以上前の一枚。母の実家にて。

ズボンに縫われた「ともこ」は母の字。
お祭りで買ってもらった水風船とカチューシャ。
母に切ってもらう前髪は微妙な直線。
半開きの口元、今と変わらない。

この時の記憶はないけれど、
愛されていたことはよくわかる。
今の息子の写真たちも、わたしたちの愛情の証になるのかな。


2016年4月2日土曜日

まん丸く太って!

散歩や買い物に行くと、かなりの確率で声をかけられる。

おばあちゃんやおばさんの場合、2つのパターン。
【パターン①】
「いやあ、まん丸く太って!」
  ↓
「母乳?」「やっぱりね、母乳はいいもんだよ」

【パターン②】
「何ヶ月?」
  ↓
「うちの孫もこのくらいなの」(そこからお孫さんの話)

※どちらのパターンも別れ際は「大変だけど、がんばってね」

おじいちゃんの場合、たいていこのパターン。
【パターン③】
「風邪引かせんなよ」(そこまで寒くない日であっても)

【例外】
「犬かと思った」(もこもこした服を着ていたとき)


「まるまる太っている」「母乳」「風邪引かせるな」
どれも気になる人には気になる言葉だと思う。
自分が母乳育児でなかったら、ストレスが溜まるだろうな。
勝手にしてくださいって思うだろうな。

でも、言っている人に悪気はなくて「元気に育ってね」ということ。
だから、声をかけてくれた人にはいつでも感謝なのだよな。

そうそう。
「かわいいね」「愛想がいいね」と言われたら
息子に「かわいいって言われたね。うれしいね!」とくり返し伝える。
「そんなことないです」とは決して言わない。
だって、否定する気持ちがわたしに全くないから。

素直に受け入れる。
そうやって、わたしも息子もことばを浴びて育つ。


2016年3月31日木曜日

母の遺伝子

手紙の整理をしていたら、
母の姉から送られてきた写真がでてきた。

海辺にいる母のお腹には、わたしがいるらしい。

そういえばわたしも、
お腹の中の息子と海に行った。

母が亡くなってから聞く、彼女のエピソード。
「わたしの母ちゃん」ではなくて「ひとりの女性」の歴史。

でも、着ている服の趣味とか、
ふくらはぎの太いのとか、
よく食べていたものとか、
ああ、親子だなと思う。

「母ちゃんはきれいだな」って子どもながらに思っていた。
わたしもさ、息子にそう思われたいなあ。


2016年3月23日水曜日

気持ちよい同居生活のために

わたしが心がけていたことで、お義母さんや夫にも共通していたこと。

 言われたらすぐやる

 要らないものは買わない

 使わなくなったら手放す

 ためないで言う

要は、心も物も淀むことなく、風通しよくありたい。
こういう習慣はすぐに変えられることじゃない。
だからわたしは価値観が似ていて助かっている。

そうそう。
当たり前のように、この家にはこの家のルールがある。
例えば…

 洗濯物をテーブルの上に置かない
 ビニール袋は畳まないでしまう
 台拭きは一番汚いので、専用のたらいで洗う
 台拭きで流し台の水切りを拭かない
 ハンガーは数種類あり、使い分ける
 卵豆腐や納豆は小鉢に移して食べる
 椅子の上で正座はいいが、あぐらはダメ
 調味料の賞味期限には目をつぶっていい
 エプロンを使う
 ラップは二度使いしない
 ラップで直巻きせず、皿も使って冷蔵庫にしまう
 肉を切るときは牛乳パックを敷く
 朝はバナナ牛乳(わたしは飲まないけれど)

「どうして?」と聞くと、その人のこだわりが分かる。
大抵のことはそれを尊重する。
「へえ、そうなんだ」で片付けて、倣う。
お嫁さんだから、そこは譲らなくちゃ。
でも、「わたしの実家では◯◯でしたけどね」と加える。

同居のすべてが完璧ではない。
ここには書けていない悶々としたこともあるけれど、
お義母さんと夫といい関係を保てているのは強いな。

2016年3月22日火曜日

「いい子」って言わないで

お義母さんに意見したのはこれが初めてだったかもしれない。

「いい子」「悪い子」って言わないで。

秋の出産後、退院して間もない頃だったかな。
息子が泣くと「悪い子」、機嫌がいいと「いい子」と言われていた。
これがすごく気になって「いいも悪いもないんですよ」と言った。
強い口調じゃなかったけれど、でも、繰り返し。

義母 「泣いているときは何と言ったらいいの?」
わたし「元気だねとか、泣きたいんだねとか、肺を鍛えているんだねとか」
義母 「じゃあ、静かなときは?」
わたし「静かだねとか、静寂を楽しんでいるねとか」
義母 「うーん…(失笑)」

ありのままでいい。
評価はいらない。

お義母さんは言葉遣いを気にするようになった。
当初は「何十年も使ってきた言葉遣いは治らない」とか
「脳みそがおかしくなりそう」とか言ってたけれど、
全くそんなことなかった。
もう「いい子」って言わなくなった。

去年の話。

日本語教師の同僚が「いい学生」と言うと、どうも気に障っていた。
それって、学習者が自分の思うように動いてくれるということ。
自分がコントロールしている。自分が上に立っている。
立場は逆であるべきなのに。
「いい子」も同じ。

そのまんまの息子が受け入れられているのも、
わたしの想いが伝わってるのもうれしい。

ああ、そうか。

息子にとってママにも「いい」「悪い」ってなくて、
自分のまんまでいいんだろうね。
どこか頑張ろうとしてしまうけれどさ。

2016年3月17日木曜日

自分は後回し

お嫁さんとママになってから、自分のことは後回し。
優先順位が変わる。
適応能力が磨かれていく。

春が突然来た。
お天気がとってもいいから、お友達を誘って散歩。
息子は青空を見上げてベンチで昼寝。

帰ってきたら、お義母さんが冬囲いを取っている。
庭仕事は丸一日かかりそうだから、お手伝い。
昼から夕方まで。

息子が泣くと授乳。
布団を干して取り込む。
おつかいを頼まれる。

息子の「おっぱい」「抱っこ」に
お義母さんの「あれして」「これして」。
1日があっという間に過ぎていく。

月末までにしなければいけないことがあるけれど、
なかなか手がつけられない。

自分が透明になっていく。
水とか空気とか、そういう感じ。

悪くない。
去年までのわたしにはない感覚。

2016年3月11日金曜日

津波から5年

忘れたわけではないけれど、
だんだんいつのことかわからなくなってくる。
今と昔がごちゃごちゃに。

町ごと流され、両親と祖母が亡くなって5年が経つ。
早いな。

朝の番組で、リポーターがわたしの町から中継していた。
お義母さんに教えた。
「あのガソリンスタンドの近くが我が家です」
お義母さんは息子に教えていた。
「あれがお母さんの生まれたところ」
息子は、テレビではなくお義母さんを見つめてた。


津波がすべてをさらっていった。
処理に翻弄され、感情を隠して、やっと呼吸していた。
毎月岩手に帰っていた。

自分よりも苦しい人、悲しんでいる人はいる。
東京にいた自分は、被災者と名乗っていいのだろうか。
人に囲まれていても、違う世界にいるみたいだった。
肌はボロボロだった。
よく授業していたと思う。

生かされているから生きなければ。
自分を大切にしようと思えるのに1年。

人に心の中まで話せるようになるのに3年。

「わたしはさびしい」と気付くのに4年。
そう、そんなにかかった。

そうしたら、大きな変化が起きた。
友人と付き合うことになり、結婚することになり、息子が生まれた。
新潟にいる。
今、しあわせいっぱい。

息子、父ちゃん母ちゃんに抱っこしてもらいたかったな。
それだけ心残り。
でも、いつも見守ってくれているものね。

ありがとうね。
今までも、これからも。

2016年3月8日火曜日

お義母さんのペース、お義母さんの好み

「段取り」が好きなお義母さん。
お義母さんの中にある段取りに寄り添う。

急遽朝から出かけることになった。
息子のものを買いにおしゃれなお店へ。
近くにもこんなところがあったんだ。

わたしをそのお店に連れて来たかったんだろうな。
いつも家にいるから。

わたしは極端に物を買わない人だけれど、
お義母さんが選んでくれたのを買った。
使えるかどうかわからなかったけれど、
せっかく連れて来てもらったから。

勧めてくれたら一回試してみる。
自分も相手も心地よくいるために。

気付けば、お義母さんが買ってくれたものばかり。
チャイルドシート、ベビーチェア、きょうの服も。

自分が物にそれほど執着しない人でよかった。
ありがとうが言える人でよかった。

きょうもしっかりお嫁さん。

写真はうさぎ。
お義母さんから息子へのクリスマスプレゼント。

2016年3月5日土曜日

甘える訓練

親に対しても甘えるのが下手で、
甘え方を知らなかった。
長女だし。

今甘える訓練をしている。


妊娠中「かばんを持って」が夫に言えるようになった。
職業柄いつもかばんが重かったから。
それまで人に頼んだことなんてなかった。

授乳中「あれ取って」が夫に言えるようになった。
20-30分動けないから。

「息子おねがいします」をお義母さんに言えるようになった。
夕方(「相棒」の再放送)は、公式な息子とお義母さんの時間。
わたしはお弁当や夕飯の準備したり、
洗濯たたんだり、一緒にこたつでお茶を飲む。
少しずつ日中も任せられるようになってきた。

はじめは抵抗があった。
でも、息子のおかげで、できるようになっていく。
感謝。

当面の目標は、車での送り迎えを遠慮なく頼むこと。
わたしはペーパードライバーで運転ができないし、
ひどい方向音痴だし、
自分の時間を遮られるのも好きじゃない。

だから「運転を頼まれたらだれでも苦痛」と思っていた。
でも「他の人はそうとも限らないんだよ」と夫に言われた。
たしかに。

頼まれてうれしいこともある。
自分が苦手なことをあえてお願いする訓練。
甘えるのは、ときに自分でするのよりもエネルギーがいる。
でも、「ありがとう」「どういたしまして」のコミュニケーション、
これ、生活の潤滑油だなって思う。

少しずつ自分がやわらかくなっていくよ。

2016年3月1日火曜日

ルールは自分でつくる

毎日ブログを更新しようと思ったけれど、やめた。

おそらく一番更新を楽しみにしている夫、仕事が休み。
それならパソコンに向かわないで、夫や息子の顔を見たほうがいい。

だから、こうした。
「ブログは毎日更新しなくていい」

きっと他にも自分で勝手につくったルールがいっぱいある。

メールはすぐに返信する、とか
毎日掃除機かける、とか
押入れの中は整理されていなければいけない、とか。

どんどん変えていい。
破るんじゃなくて、改定していく。
自分の気持ちに耳を傾けて。
変えたらきっと気持ちがよくなる。

「ルールは柔軟なものだ」と夫が言う。
そうなんだ。