2016年2月14日日曜日

大ばあばのこと

きょうは、大ばあば(義祖母)の四十九日の法要。

ずっと施設にいた大ばあばには
家に泊まりに来るお盆と年末年始の2度しか会ってない。

お盆は、わたしが新潟に来た翌週だった。
臨月間際の大きなお腹をさすってもらった。
「どちらさんですかね?」と何十回も聞かれた。

年末年始は、息子を大ばあばのベッドの横に寝かせた。
息子に「かわいいね」と言って、手を取ってキスしてた。
息子がベッドから落ちないように気を遣っていた。

大ばあばは、わたしが誰かわかっていない。
それでも、息子を可愛がっていたのがうれしかった。

施設に戻った翌日、大ばあばが亡くなった。89歳。

わたしは、お葬式まで毎晩のように泣いた。
夫に「数回しか会ったことないのに」と笑われた。
気持ちが不安定だった。

自分の家族のことと重なったんだと思う。
わたしは父と母と祖母を津波で亡くしている。
父の火葬には間に合わず、行った時には父はビニール袋の中。
カサカサ音がした。
母はDNA鑑定があったから、一ヶ月半かかった。

わたしは親の最期の顔を見ていない。

亡くなるということがうまく飲み込めていなかった。
頭ではわかっていたけれど。

わたしは意を決して大ばあばの顔を見た。
その顔がとっても穏やかで、ほっとした。
そして気がついた。
ああ、これは見送りのお祭りなんだ。悲しいことじゃないんだ。
そうしたら、すうっと気持ちが楽になった。

この家のお嫁さんになって5ヶ月足らずでのお葬式。
親戚付き合いがどういうものか現実を知った。
価値観の違いが見えた。
支え合うことも知った。
良くも悪くもいろいろあって、家族らしいなと思った。

大ばあばは、息子に会うのを待っていたのかもしれない。
わたしに家族や生きることを教えたかったのかもしれない。
きっとそうだ。

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